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2012年11月29日 (木)

遠征報告2012【プレーオフ決勝・国立競技場編】

我らが大分トリニータは、プレーオフ準決勝で京都サンガFCに4得点完封で勝利し、

ついに後1勝でJ1への切符を手にする、というところまで来ました。

2009年の降格以降、クラブの存続危機にも陥り、ずっとずっと崖っぷちをさまよっていたこの3年間。

昨年のシーズン終了時、田坂監督の口から「J1を目指します」という言葉を聞いてもまだ半信半疑で、

シーズンが始まってもまだ「ホントに行けるんかな」と思っていた私でした。

でも、試合を重ねるにつれチームが成長していく姿を目の当たりにして、

「もしかしたら・・・行けるんかもしれん」と思うようになりました。


今回のプレーオフは、トリニータにとっては本当に過酷なものでした。

リーグ戦の最終は長野県松本市。

その次には、プレーオフの京都。

そして最後は東京。


アウェイ3連戦やないかい!!


チーム事情には大変痛いものだったのではと心配しました。


しかしそれはサポにも同じように痛いもので。


京都遠征は、観光シーズンとまるかぶりで交通機関や宿泊先を確保するのに一苦労。

さらに東京遠征は、3連休の初日と重なり交通機関は軒並み満席。

京都戦前の時点で、11月23日の大分始発便は満席で、

キャンセル待ちのキャンセル待ちwの状態でした。

幸い、試合前日が夜勤明けで昼から動ける状態だったことと、

サポ仲間がマイルを貯めていて、その「おともでマイル」で通常運賃より安く航空券を入手することが出来、

試合前日の22日に大分を出発することになりました。


おともするサポ仲間の一人が車を出してくれて、

計5人のサポと乗り合わせて空港へ向かう事になりました。

そのまま直行したら、多分、選手たちが出発する航空便を見送れたんですが、

仲間たちに無理を言って、途中、ニータン神社へ立ち寄って貰いました。


今季、練習試合の時からずっとずっと、試合前に必勝祈願に行っていたニータン神社。

仲間たちも「試合前にお参りすると良いね。気が引き締まる思いがする」と言ってくれました。


ホントに今月は大分空港に良くきました。

2351 松本へ遠征する選手たちを見送りに行った時に撮った一枚。

ターミナルビルの前には「勝つ!」の垂れ幕がずらりと並んでいました。

これは、今回の東京遠征の時も変わらず並んでいたんですが、

京都へ遠征する選手たちを見送った時にはなかったものがいくつかありました。

2489 大分空港には、トリニータの胸スポンサーでもあるダイハツ九州様の製造車両が展示されています。

この日は車両の横に、トリニータの選手たちの画が載ったポスターも飾られていました。

2491 保安検査場のある2Fへ向かうエスカレータ・階段の両サイドには、

ビル外に並んでいた「勝つ!」の垂れ幕。

2Fへと上がってみると・・・

2492 これだけ並べられたらもう「勝つ!」しかない!

ターミナルビルの皆さんの「気合い」も感じました。


他にも、搭乗ゲートには、

「祈・大分トリニータ勝利」

と書かれた張り紙もあったのですが、

あいにくスマホの電源を落としてしまっていて、

デジカメも手荷物で預けたバックに入れていた為、写真に残せませんでした。

サポ仲間と「これが帰ってきた時に【祝】になってると良いね」と話しました。


東京では、関東在住のサポたちが“前夜祭”の席を設けてくれていました。

参加はしたのですが、何しろ夜勤明けで、機内でもあまり眠ることが出来ず、

終始ローテンションのまま・・・

皆さんが賑やかに話す様子を静かに・・・静か~に見てました・・・


前夜祭が終わり、翌日の朝ご飯をコンビニで調達。

ボケボケの頭でホテルへ戻り、そのまま意識不明に・・・

気が付いたら朝になってましたww


試合当日。

一緒だったサポ仲間は早々にホテルをチェックアウトし、国立を目指して出発していました。

間違いなく、仲間たちが出発しようとしている時間には起きれないと確信があったので、

仲間達には「私はほったらかしていいけん」と伝えていたので、

のんびりの~んびりと準備をして出発。

あくまで「いつものように」過ごすことに徹しました。


国立競技場へは開門予定時間(実際は10分前倒しで開門)の10時過ぎに到着。

2503 当時の写真は残ってないのですが、

2008年のナビスコカップ決勝の時も、

こんなゲートがあったのを覚えています。

そんなところからも、頭の中にはプラスのイメージが。


ゲートをくぐり入場すると、

我らが宣伝部長・ニータンが出迎えてくれました。

2506 ニータン、国立は2回目だね♪

今日も頑張ろうね!と声をかけ、G裏へ。

冷たい雨が降る中、試合の準備が着々とすすんでいました。

2507 2011年シーズンのFC東京戦はアウェイ側でした。

今回のプレーオフ決勝は、奇しくもホーム側。

ナビスコ決勝の時と同じサイドです。

そんなところからもまた、プラスのイメージが浮かびました。


G裏では、名古屋在住のサポさんと京都に引き続き並んで参戦。

本当に苦しい戦いでした。

京都の時同様、選手たちに堅さが見え隠れ。

それでも千葉の猛攻を選手全員ではねのけ、

0-0で前半を終えました。


前回の京都遠征報告の中でも書きましたが、

プレーオフでは、引き分けだった場合はリーグ戦で上位のチームが勝利になります。

よって、このままスコアレスドローで終わった場合、5位のジェフ千葉が勝利となり、

J1への切符を手にすることになります。


私も後から知ったのですが、ジェフとトリニータはずっと同じカテゴリーで戦ってきたんだそうです。

J1昇格も同じなら、J2降格も同じ。

でも、今回それが分かれます。


勝った方がJ1へ。

負けた方はJ2へ。


まさに「日本一残酷な、歓喜の一戦」です。


試合は後半へ。

前半はほぼジェフ優勢の試合でしたが、後半に入り徐々にトリニータにもチャンスが巡ってきます。

でもなかなかゴールに結びつかない。

タケ、高松が投入され、トリニータは超攻撃型のシステムに変わっていきます。


時間が残り少ないのは感じていました。

でも、もう後ろにある時計を見るなんて余裕もない。

ただただ必死に、ピッチ上の選手へ声援を送っていました。


そんな時。

ポン!とボールがタケの元へ入りました。


なぜか分かりません。

ホントになぜか分からないんだけど、あの時。

タケにボールが入った時思ったんです。


「これで決まるんだ」 と。


タケ自身も「なんであの時ループ(シュート)が出来たのか分からない。無心でした」と言っていたけど、

あのゴールは、トリニータを応援している全ての人たちの「想い」が呼び込んだゴールだったと私は思っています。


ゴールが決まった時のこと。

名古屋から来てたサポさんと抱き合い、

後ろにいたサポさんたちと抱き合い、そのまま泣きじゃくってました。

うわ言のように「タケよな?タケが決めたんよな?」って言ってたのは覚えてます。

そのあとはもう涙が止まらなくて、チャントもまともに歌えなくて、

でも、前線でリードしてくれてたカズさんが、

「泣くなーーー!!!まだ泣くときじゃねぇーーー!!!」

って叫んでるのも聞こえて。

(その横で、みとさんがダイスケの写真を掲げてくれて、見事に泣き笑い状態にwwあれは反則ww)


1点はとっても、ジェフに1点取られたらそれでおしまい。

今シーズンもロスタイムに失点して、勝ち点2を落とした試合を何度も見てきました。

でも、この日の選手たちはそんなことを忘れさせてくれる位、

ホントにホントに頼もしく見えました。


そして・・・

長い長いロスタイムが過ぎ、試合終了。


ナビスコ優勝の時も確かに泣きました。

でも、この日ほど号泣したのは、親が亡くなった時以来でした。

それほど、この数年の間に、自分の中で「大分トリニータ」というチームがかけがえのない存在になっていたんだと、

この時改めて実感しました。


「リーグ戦6位からの昇格」


不利な立場を逆にチャンスに変えての、見事な勝利でした。


大分トリニータは、来季よりJ1で戦うことになりました。

というか、

私的には「戦わせて頂く」といった感じです。

監督が事あるごとに口にする「J2で6位だったチーム」なのだから。

J1でまともに戦えるのか、まだ分からない。

でも、“チャレンジャー”の精神でJ1へ挑むのは、

今のトリニータには一番合っているかも知れません。

『崖っぷちなら 何度でも 立ってきた』

2460 プレーオフ準決勝前に、YouTubeで流れていた煽りVのなかにあった、トリニータに関連する言葉。

他に「修羅場上等」「借金は返した」という言葉があって、

知り合いのサポさんが「どなたかこれらの言葉のゲーフラ作りました?」とツイッターで呟いていたのを見て、

急に思い立ち、京都戦前日に作ったゲーフラです。

実は、今まで自分がゲーフラを掲げた試合ではトリニータは勝ったことがなく、

自分の中では「勝てないジンクス」として持ち続けていました。

でも、この文句はどうしても出したくて、夜9時過ぎにショッピングセンターの手芸店で材料を買ってきて、一気に書き上げました。

このゲーフラを掲げたプレーオフ2試合は、このジンクスを払拭する勝利。

でも・・・正直言うと・・・もう崖っぷちは立ちたくないなぁ・・・


試合後は、勝利の余韻に浸りながら羽田空港へ移動。

なんだかまだJ1へ昇格するというのに実感がなくて、

ほわぁんとした感じでした。

手荷物を預けてぼぉっとしていたら・・・


なんと、トリニータ御一行様が現れてですねww


同じ便で帰還することになった訳ですよ。


自身3度目ですww

(多すぎ?)


同じ便には、トリサポと思しき方もちらほら。

選手たちは最後の方に乗ってきて、サポたちからは「おめでとう!」の拍手が。

座った時には気が付かなかったんですが、

隣だったサポ仲間が、私のすぐ後ろの席に柳田強化部長が座っていることに気が付きました。


や・・・監督やなくて良かったww

(過去に隣になったことあったしな・・・)


羽田を離陸し、時々揺れはあるものの安定した飛行。

飲み物サービスでカートが近づいてきました。

後ろの柳田部長の所で、CAの方が「おめでとうございます^^」と行っているのが聞こえます。

私とサポ仲間が座っていた席のすぐ前にモニターがあって、

ちょうどその日のニュースを文字表示していました。

「これでさ、トリニータのJ1昇格のこと出らんかな?」と仲間と一緒に見ていたところ・・・


「で・・・出た!!」


思わずハモりましたww

しかも大声ww


そこへ、ちょうど飲み物サービスのカートがやってきて、

CAさんが私たちにも「おめでとうございます^^」と☆


嬉しかったですよ♪


ナビスコ優勝の時は、機長からお祝いのメッセージがあったんですが、

今回は途中気流が不安定で早めにベルトサインも出るほどで、

多分、余裕がなかったんだと思います。

その代わり?というか、大分空港に着陸した時に、CAさんからお祝いのメッセージが☆


いつも遠征にJALを利用しているチームなので、知ってるCAさんもいらっしゃるのかもしれませんね。

心温まるメッセージに、また機内では拍手が起きました。


到着後。

天井の荷物入れが後ろの柳田部長と一緒で、

柳田さんのジャケットを渡したところから、少しお話する機会がありました。

詳しい内容は正直覚えてないんですが、

「ホントに凄い事。あんなにたくさんのサポーターの皆さんが国立へ来てくれるとは正直思ってなかったんです」と言われていました。

あと、「大分からどの位の方々が来て下さってたんでしょうか?」と気にされてました。


当日の大分始発便は満席で、北九州や福岡、熊本、

中には山口の空港から羽田へ飛び、国立を目指したサポもいたと聞きます。

また、当日の大分始発のソニックに乗ってJRで向かった人。

それもかなわず、途中まで高速バスで行き、JRに乗り換えて向かった人。

車で向かった人もいました。

「何としても、現地で、国立で、昇格を勝ち取る」

そんな思いで向かったんですよね。

大分でも、大銀ドームやクラブトリニータでパブリックビューイングが開催され、

全国各地で多くの人たちがトリニータの勝利を願い、祈っていた。

そんなことを考えるだけでも目がうるうるしてきます><


昇格がゴールではありません。

ここからが新たなスタートです。

トリニータの前には、まだまだたくさんのハードルが立ちはだかっています。

その一つ一つを確実にクリアして、共に、長く、J1で戦って行きたい。

今はそんな思いです。


11月28日。

国立で掲げたビッグフラッグが、何やらのんびりとw大分へと帰還したと聞き、

片付けのお手伝いに行ってきました。

大きな大きな「ダイハツ九州」と「12」が織り込まれたビッグフラッグ。

30分ほどのお昼寝?ののち、綺麗にたたまれ、倉庫へと休養に行きました。


来季もこのビッグフラッグとJ1で戦えますように・・・

2012年11月28日 (水)

遠征報告2012【プレーオフ準決勝・京都編】

さて・・・

我らが大分トリニータは、リーグ戦6位でフィニッシュし、

今シーズンより導入されたJ1昇格プレーオフへと駒を進めました。

「日本一残酷な、歓喜の一戦」

準決勝で勝てば、決勝へ。

決勝で勝てば、J1昇格の切符を手にすることが出来ます。


リーグ戦最終戦だった松本山雅との試合終了後、

トリニータの名将・田坂監督は、選手たちにこう話したと聞きます。


「リーグ戦、お疲れ様でした。

私たちは来週から“プレーオフ”という違う大会に出ます。

その大会で2つ勝つと「J1昇格」というご褒美が貰えます」


田坂監督流の「気持ちの切り替え」の促し。

私もこの言葉を胸に京都行きの準備を始めました。


試合当日はもちろん休みを貰っていたのですが、

たまたま前日も休みで、前日から移動しようか?とも考えましたが、

京都は目下秋の観光シーズンで、宿泊先を探すのも一苦労。

旅行社並みのルートを持つサポ仲間の協力もあって、

試合当日JR往復日帰りプラン(指定席確保)で参戦することにしました。


そのおかげで出来たことがひとつ。

実は松本戦の前にもしたのですが、

敵地へと出陣?!する選手たちを見送ることが出来ました。


試合前日の11月17日。

選手たちが15時発のANA便で大分を出発するという情報が入りました。

別府のニータン神社(八幡竈門神社)へ必勝祈願へ行き、そのまま空港へ。

少々早く着いてしまいましたが、実はこの場面を撮るために待ち構えていました。

2418 選手たちが乗った選手バス(トリバス)。

なかなか走ってるトリバスを撮るのって機会がないので、

ここぞとばかりに狙いました。


バスがターミナルビルに横付けされるのを見ながら私もターミナルへ。

バスから監督・選手・スタッフが続々と降り、ターミナルビルへ入って行ってました。

2420 バスの降車口前で、ターミナルの職員さんたちが、

『絶対勝利』だったかの旗を片手に

「頑張れ~~!!」

「大分から応援してますよ~~!!」

と声をかけていました。

ナビスコカップ決勝の時、前日に空路移動した私でしたが、

ターミナル2F、エスカレーターで上がったすぐ前のスペースに、

トリニータの大きなフラッグを貼ってくれていたのを今でも覚えています。

選手たちが敵地へと出発するその“出発点”として、

大いに励ましになったのでは?と思います。

2435 ANAの伊丹便は、私も何度も乗ってるので知ってるのですが、

小型のプロペラ機が運航しています。

その伊丹便に乗り込み、選手たちは大分を出発して行きました。


他にも数人、サポーターが見送りに来てたんですが、

私的にはここで終わってなくて・・・


実は、大阪在住のツイッターで知り合ったサポーターさんが、

「伊丹空港に出迎えに行こうかなぁ~」と言うので、

大分を出発した時間(この時かなりの遅れが出ていた)を伝え、

連携で“出迎え”をすることになりました。

なんでも、伊丹空港でレプユニを着て、タオマフを掲げで出迎えたとか?

大分を出発するのを見送るサポーターはいても、

まさか到着した空港で出迎えてくれるサポーターがいるとか、

監督も選手も想像もしなかったのではないでしょうか?

そのサポ仲間は、監督やモリシ、ミヤさんに声をかけ、

ミヤさんからは「絶対勝とう!」と笑顔で返して貰ったらしいです。


よし。これで準備は整った。


試合当日。

早朝6:41大分発のソニックで出発。

京都駅には10:51に着きました。

京都駅では、サンガサポ兼ヅカファンの友達が出迎えてくれました。

駅の地下街でお昼を調達し、いざ西京極へ。

今季2回目の参戦となりました。

2471 サンガサポの友達は、お家の用事で試合はお家で観戦とのことで、

ビジター席入場口まで送ってくれました。

「お互い良い試合をしましょう!」という言葉で別れました。


スタンドでは、東京や名古屋から遠征してきていたサポ仲間が席をとってくれていました。

リーグ戦終了後わずか1週間という短い期間にも関わらず、

多くのトリサポがG裏に終結していました。


今季に限っては、京都との対戦成績はとてもよく、

ホームでもアウェイでも勝利を収めています。

でも、サッカーは何が起きるか分からない。

またプレーオフでは、90分間の試合終了時引き分けだった場合、

リーグ戦で上位だったチームが勝利、というルールもあり、

プレーオフ参戦チーム中最下位(6位)のトリニータは不利な立場です。

ただこのルールは逆に言えば「勝てば良い」という単純なこと。


それと。

トリサポにとっては、2009年の「あの時」の事は一生忘れられません。


「J2降格」が決まったこの「西京極」で「勝つ」


私はこれしか頭にありませんでした。


14:00試合開始。

トリニータの選手たちはホントにガッチガチで動きにキレがありませんでした。

そんな中決まったモリシのフリーキックゴール!

ビジター席からは見にくいサンガ側のサイドへのゴールだったので、

一瞬決まったのかどうか分からないほどでした。

「や?決まったん??今の決まったん???」って感じ。

次の瞬間、周りのサポさんたちとハイタッチ♪

いきなりトリニータは有利に立ちます。


このモリシの先制点の後、トリニータの選手たちの動きが断然よくなりました。

「これは行ける」

なんとなく、ホントになんとなく、私の中には漠然とした思いがありました。

職場のトリサポさんが言っていた「シナリオ」ってこの事じゃないのかな?

そんなことを思っているうちに、

モリシの倒れこみながらのシュートが相手GKの手をかすめ、ゴールの中へ・・・


へ??前半で2点目??


一緒に参戦していた名古屋から来てたサポ仲間は、

あまりの嬉しさに後ろの通路にまで掛けて行き、

後方のサポさんとハイタッチしてましたww


そういえば、リーグ戦のアウェイ京都戦でも同じように、前半でポンポン!と得点したんだったっけ。


後半に入ってもトリニータの動きは良く、

思いの外トリニータペースで進んでいきます。

とはいえ、京都も3位という意地もあるはず。

最後まで気は抜けません。

それでも、木島の粘りで獲得したPKをまたまたモリシが決め、

これも意外だったんですが、モリシはプロ初のハットトリックを達成しました。


ちょっと・・・ホントに・・・行けるんかな・・・


そんなことを思えば思うほど、目頭が熱くなってきて・・・


いかん。ここで泣いちゃいかん。


自分に言い聞かせてました。

2474 結局、モリシがダメ押しの4点目を決め、

まさかの4得点完封勝利で、プレーオフ決勝へと駒を進めることになりました。


ホント。ホントなんだよね?

西京極で勝てたんだよね?


自分で自分に言い聞かせながら、大分へ帰ってきました。


2009年の「あの日」

私も西京極のG裏にいました。

まだサポ2年生。

試合が引き分けに終わり、降格が決まった瞬間は、

実は、ただ試合の結果だけを考えていました。


「はぁ・・・引き分けかぁ・・・」


そんな私に、一緒に参戦していたサポ仲間がぼそっと

「・・・決まったなぁ・・・」と言ってきた時、

初めて「降格」が決まったことを認識しました。


そういえば、あの時のことブログで書いてなかったっけ・・・

と本家のブログをさかのぼってみたところ、見つけました。

コチラ です。


少なくとも、あの瞬間を共有しているサポは、

今回のプレーオフ準決勝が西京極で京都と対戦になった時に、

何も感じなかった人はいなかったと思います。

私もそうでした。

あの時に感じた悔しさ、悲しさはもう二度と味わいたくない。

だからこそ、の、今回の対戦カードになったのではないか。

職場のトリサポさんが言っていた「シナリオ」とは、この事なのではないか。

あの時の悔しさや悲しさを払拭するために、

トリニータは京都サンガに勝たなくてはならない。

いや・・・勝つようになっているんだ、と。


実際その通りになって、正直怖いくらいでした。


そしてその「シナリオ」はまだ続いていました。


プレーオフ決勝の対戦相手は、

その、2009年の降格同期?のジェフユナイテッド千葉。

試合会場は東京の国立競技場です。


ジェフ千葉と言えば、数多く対戦してきたチームの中でも断トツに対戦成績が悪く、

今までに2回しか勝ったことがありません。

ただ、その2回ののうちの1回は、今シーズンのアウェイ戦でした。


また、国立競技場と言えば、

2008年に、トリニータがヤマザキナビスコカップ優勝という初タイトルを獲得した思い出の場所。

しかも、過去2回国立で試合を行っていて(もう1回は2011年シーズンのアウェイFC東京戦)、

いずれも勝利しています。


「初タイトルを取った思い出の国立で、天敵・千葉を倒してJ1へ」


そんなに上手くいく訳がない。

でも・・・

でも、それを可能にする「何か」が、必ずある。


そんなことを漠然と思いながら、23日の東京行きの準備を始めました。


ドラマは続きます。(ちなみにノンフィクションw)


プレーオフ決勝はまた後ほど・・・

2012年11月27日 (火)

遠征報告2012【9月11月総集編】

今年J2に新加入したチームは、町田ゼルビアと松本山雅FCの2チーム。

昨年もそうでしたが、新加入チームの敵地には可能な限り行こうと思っていました。

今季は、町田戦がケアマネ試験前ラストにしようと考えていた9月末。

松本山雅戦はリーグ最終戦でした。

この2会場への遠征を含む3遠征の報告を。


9月17日(月・祝)ロアッソ熊本戦

2157 昨年は愛車での遠征でしたが、今年はBUSTAのバスツアーに参加。

会場に到着すると、バスに向かってロアッソサポの人たちがえらいフレンドリーに手を振ってきました。

チケットもぎりのアルバイトの学生さんまでも・・・

何なんだろう・・・???

試合は、勝てそうで勝てず。

熊本出身のNo8、西が得点したんだけどな・・・

バトQ2勝目はまたもお預けになりました。

そういえば、バスに乗り込みKKWINGを後にする私たちに向かっても、

来た時のようにロアッソサポの人たちが笑顔で手を振ってきました。

ホント・・・あれは何だったんだろう・・・

今考えても謎です。


9月30日(日)町田ゼルビア戦

2194 試合開始時間が決まった時、日帰りプランを思いつきました。

大分始発のJAL便で羽田へ飛び、試合後羽田へ移動し大分行き最終のJALで戻れば可能。

関東組のサポ仲間のアドバイスを受け、羽田空港から多摩センター行きのバスに乗車し、

タイミング良くシャトルバスにも乗れたため、

関東組の大半の仲間たちよりも早く、町田のスタジアムへ着いてしまいました。

ただ、この日は台風が接近中で、試合もちゃんと行われるか微妙な状況でした。

時間的に町田は開催可能だったため、試合は予定通り開始。

途中から強い雨が降り出したものの、試合はトリニータが優勢に進んでいきます。

トリニータが3得点。

町田の得点が、去年1年間トリニータにレンタルで所属していたしゅーとのものだったので、

トリサポとしては、失点は悔しいけど「でも得点者がしゅーとなら良いや♪」みたいな感じでした。

試合は無事に終了したものの、交通機関が軒並み欠航に。

大分行きの最終も止まってしまい、新横浜から新幹線に乗り大分を目指しました。

が。

静岡付近に台風が上陸し、そこを中心にJRが全てストップ。

2時間半遅れで新大阪に到着し、その日は新大阪駅に足止め。

夜の間に勤務を昼からのシフトに代わってもらうなどの手配をして、

翌日昼前に大分へ帰りつくという、旅にハプニングが付きものの私でも、

過去最大な、ハプニング大賞もびっくりな旅になりました。


11月11日(日)松本山雅FC戦

2387 今季新加入のチームというところからも遠征先にピックアップしていましたが、

松本山雅のホームスタジアム「アルウィン」の雰囲気は独特だ、という話を聞いていて、

そこからもぜひ行ってみたいと思っていました。

遠征方法は色々と考えましたが、

福岡空港から松本空港(信州まつもと空港)を結ぶ直行便が一日1往復あると聞き、

また、空港とスタジアムが隣接しているという事も分かり、

こりゃ空路松本入りしようと思い、早速航空便を予約。

富士ドリームエアラインズの往復利用で遠征しました。

松本では、優しい松本サポの皆さんに本当に親切にして頂きました。

空港に着くと、偶然同じ便で着いたという松本サポの方から声を掛けられ、

トリサポの仲間2人と一緒にタクシーに乗り合わせてアルウィンへ。

いざ着くと、

「タクシー代は払いますよ。代わりに松本でおいしいものを食べたり、楽しんでもらえたらそれの方が嬉しいので」

と、タクシー代を支払ってくれたり。

帰りの便が一緒だったトリサポの仲間は、

見知らぬ松本サポの方がアルウィンから空港まで車で送ってくれたとか?

「人の振り見て我が振り直せ」じゃないけれど、

私たちトリサポも、アウェイサポを歓迎する姿勢をもっと持つべきだなぁと思いました。

試合もさることながら、アルウィンの松本サポは本当に熱かった!!

スタジアムを包みこむ声援には圧倒されました。

それに負けじとこちらも声を出したもので、すっかり声がれww

しばらく戻りませんでした。。。


最終戦の松本山雅戦で引き分けたため、

大分トリニータは最終的に6位という順位でフィニッシュ。

辛うじてプレーオフへ参戦することになりました。


引き分けで、悔しいのは悔しいのだけど、

最高の雰囲気の中で試合をして、互いに全力で立ち向かったからこそ、

不思議とすがすがしい気持ちでした。

それと、プレーオフに参戦出来ることで、

選手たちと、サポ仲間とまだ共に戦える、という思いもあったからかもしれません。


プレーオフ準決勝の対戦相手は、リーグ戦3位の京都サンガFC。

試合会場は京都の西京極陸上競技場となりました。


トリニータに現在所属する選手たちのほとんどは体感していないのだけど、

京都は、4年前、J2へ降格が決まった時の対戦相手でした。

しかもその会場は西京極。


もし。

もし、その西京極で京都に勝ったら、

決勝の会場は東京の国立競技場。


国立と言えば、

5年前、トリニータが“ナビスコカップ優勝”という初タイトルを勝ち取った思い出の場所。


意識するなと言われても、トリサポは意識しない訳には行きません。


「もうシナリオは出来あがってるんですよ」


職場にいるトリサポさんが、松本戦の後会った時に言っていた言葉。


この言葉が本当のことだと確信するのは、1週間後でした。


プレーオフ準決勝・京都戦は、また別口で・・・

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